六里ヶ原−舞台溶岩ハイキング



舞台溶岩に上り、鬼押出し溶岩に迫るハイキングコースがあるという。どんなコースなのか早速行ってみることにした。

片蓋川から上に登る。このように登ると右側にだけ吾妻火砕流の跡を見ることができる。片蓋川は吾妻火砕流の端を選んで流れたのだろう。なぜなら大まかな地形からいって、元々水が流れていたラインはもっと北側だったと考えるのが自然だからだ。

230年足らずで、ここまで浸食してしまうのものか。吾妻火砕流は噴出物や流出物が高温で溶結したため、傍目には溶岩にも見えてしまう。

吾妻火砕流の上には、無数の火山礫が乗っている。積もったものなのか、流れてきたものなのかは、わからない。


  


火砕流の淵を川が流れたところの浸食は激しかったが、火砕流の中を通ったラインは、川が岩盤を削り取るような浸食作用がみられる。

だだっ広い六里ヶ原で、よく目立つ木の根株を発見。これを目印にしよう。

足跡の主はカモシカか、それともイノシシか。


  


きっと、ほとんど誰も歩いていないんだろうなあ…なんて思っていたら、ゲッ!コーラやファンタの空き瓶が!しかし、こういう瓶入りのジュースってもうずいぶん前から売っていないはず。では何十年も前のゴミか。信じられん。

ここから舞台溶岩と鬼押出し溶岩の境目に向かっていくつもりだったが、左手に見えるしっかりした森が気になる。結構大きな樹木もありそうだ。せっかくなので少し寄っていくことにしよう。


  


森の中に入ると、最初はミヤマハンノキとアカマツを主体とした林分。そしてコアに近づくと印象的な樹形をしたナナカマドたちに出会うことになる。ナナカマドが森のキーストーン種となっているように感じる。雰囲気のある森だ。

この森を登りきると、平坦な場所に出る。小浅間山から嬬恋方面を見たときに、すぐ下に見える丘陵地であろう。ここに座って少し休憩。不思議な風景だ。


  


ユオウゴケは山地帯〜亜高山帯の硫黄泉地帯の地上に生える地衣。これが矮小低木化した高山植物の草原の中にまあるく点在している。

そして見た目では植物が枯れたところにユオウゴケが繁殖している、もしくはユオウゴケが枯らして行っているようにも見える。

もしかしたら、火山活動が活発な時に地下から硫化水素ガスなどが上ってきて、その真上の植物を枯らしてしまうのではないか。そして硫黄が好きなユオウゴケが同じ場所で繁殖する…

となると、吾妻火砕流を突っ切って上がってくることになってしまうか?あ、でも吾妻火砕流がよく確認できない場所でこうなっていたから、満更じゃないんじゃないかな。


  


そうなのだ。吾妻火砕流がイマイチ確認できないところがあるのだ。六里ヶ原から浅間山を正面に見たとき、水の流れで深く浸食されているあのあたりである。左右を吾妻火砕流に挟まれているはずなのに、地層を見るとどうみても追分火砕流にみえるのだ。もちろん触ってみてが、やはり溶結はしていなかった。

どうしてこんなことが?吾妻火砕流は数回流れたと考えられているので、火口からこぼれた場所が違うのか?


  


かなり北の方まで来て、ようやく吾妻火砕流を確認することができた。しかし、この沢では片蓋川と同じように、下から見て右だけに吾妻火砕流、左側は追分火砕流のように見える。どういうことだ?ここは六里ヶ原の真ん中だぞ?

鬼押出し溶岩が迫ってきた。

途中、噴石クレーターの跡を発見。2001年の噴火時のものではない。もっと時間が経っている。70年代か、もっと前のか。落下した岩はだいたい、このように砕ける。


  


北の方の沢は、完全に左右の沢岸が吾妻火砕流だった。

浅間山を眺めながら、吾妻火砕流の流れてきた道すじをイメージしてみる。うーん、やっぱり、本流は下から見てかなり右側を流れてきたのではないか。左側は、実際には私は確認していないのだが、荒牧先生や早川先生の地質図にはあるとなっている。では、この六里ヶ原の真ん中に、吾妻火砕流が流れていない場所があるということだ。驚いた。

いよいよ、鬼押出し溶岩が目の前に。ここまでは雄大だが移動により変化が少ない風景なので、このように沢と地質を見学&触れさせながら歩くのが一番いいだろう。たくさんの疑問が浮かび上がってくるが、答えはタイプスリップしてみないとわからない。


  


ついに来た!鬼押出し溶岩が止まった場所。しかも舞台溶岩の上で。なんでまた同じところにって、火口の向きが同じだから。だからこの次また溶岩が出てきたら、鬼押出し溶岩の上にこんもりと乗るのだ。

舞台溶岩の上から六里ヶ原を眺める。

そして西には浅間山を隠す鬼押出し溶岩の壁が!これは、やっぱ行っとくしかないでしょう。


  


鬼押出し溶岩の壁を登りながら、右側を撮る。蒲原土石なだれの止まった跡を見たことがあるが、その何十倍の高さで、しかも溶岩の壁が続いている。

おお、まさに山頂まで続く溶岩流!これをこのまま登る気には危なくてとてもならないが、達成したら怖いものは無くなるだろうな。

下の舞台溶岩を撮るとこんな感じ。おおー、ずいぶんと広大な舞台だこと。


  


この付近にあったイワカガミの中にはまるでヒメイワカガミのような葉をしたものがあった。ヒメイワカガミ種子の供給はほとんどあり得ないから、イワカガミは貧栄養で高地、環境が厳しいなどになってくると、葉が縦長になり、また鋸歯も少なくなってくるのだろうか?

舞台溶岩の上に、確かに吾妻火砕流の岩盤が。これが溶岩が冷える時にできる上部表面の凸凹をきれいに均して行ったのだな。

舞台溶岩の北端に行きたかったのだが、もう樹林化していてよくわからない。降りてまた上るのも面倒なので、ここで引き返すことにした。


  


さて、帰りはまた少し違うところから降りてみよう。

降りようと思った場所で、ふと振り返ると浸食された部分を発見。様子を見てみるか。

おお〜、吾妻火砕流の地層が見事に露出している。これぞ舞台溶岩の上を吾妻火砕流が走った証拠。帰路は、ここを通らせるべきでしょう。


  


帰りの森で拾ったのは、何かの動物の角と頭蓋骨。恐らくカモシカのものと思うが、なんかイメージが違うような気が…

後でよく見たら、やっぱりこれはカモシカのもの。でも皆さんも写真からそうは見えませんでしょ?何でかわかります?


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