龍峨山不動尊追儺祭(原町成田不動尊の節分豆まき)
新聞に、「原町成田不動尊の節分豆まき」の折り込みチラシが入っていました。東吾妻町祭事カレンダー2014には、「原町不動尊追儺祭」とあります。とりあえず、行ってみることにしました。
「不動尊は大変混雑しますので、お車でお越しの際は、善導寺様駐車場をご利用ください」
のはずなのに、げ、結構車で来ていますね。昼過ぎだからもう空いているのか…。
「原町誌」によると、徳治二年(1307年)、岩櫃城主吾妻太郎行盛が、城内安全武運長久祈願のために城の東北の霊地である此処に大聖不動明王を奉祈し金剛坊法印円覚を別当としたのが龍峨山金剛院不動堂の創始である。
ハア?
まず、金剛院って京都府舞鶴市にある真言宗東寺派の金剛院でいいですよね?円覚っていうのは覚円(1031〜1098年)っていう天台宗のお坊さんのことじゃないですよね?じゃあ円覚ってのは人じゃなくてお寺ですか?別当って書いてあるし。どこのお寺なんでしょう?神奈川県鎌倉市にある円覚寺(えんがくじ)は臨済宗円覚寺派の大本山ですから違いますよね?ご本尊は釈迦如来だし…。
それにしても、すでにある寺に対して、
「今度、○○明王を勧請してお堂を開くから、お宅の寺は別当を引き受けて欲しい」
というのはありなんですかね? そういうものなんですかね?…どなたか教えてください。
おっとー、出ました「焼きまんじゅう」! 何でまんじゅうみたいに手をかけて作ったものをわざわざ焼くの? もしかして「お・も・て・な・し」?
当日講の受付コーナーがありました。家内安全・交通安全・商売繁盛・厄除け祈願の講があります。参道の階段を上って、
ここが、龍峨山不動堂です。おお、開帳していると雰囲気が全く違いますね。
慶応年間(1865年〜1867年)に、地元の新井様方が勧請してきた成田不動尊の御分霊があるそうですが…
祀ってあった像は全て不動明王なのでしょうか?いや、右のものは羽も生えていますね。明王はいくつか種類があります。
真ん中の像、これが成田不動尊から勧請してきたものでしょうかね。不動明王は火生三昧(かしょうざんまい)と呼ばれる炎の世界に住し、民衆を教えに導きながらも人間界の煩悩や欲望が仏界に波及しないよう聖なる炎で焼き尽くすのだそうです。
「枡 交換所」とあります。講を申し込んだ人はここで豆の入った枡と御札を受け取るのですね。
不動の滝はこの陽気でかなり解氷しました。講を申し込んだ人は福引もあります。
一通りを拝見したので、帰ろうと思っていたところ、豆まきが始まりました。
「鬼はーそと、福はーうち」
豆まき用の豆をゲットしてしまったので、これも縁。何故か忘れ物を繰り返し、会場への到着が遅れたことで、帰るギリギリ前に豆をもらった訳ですしね。今年は特別な家庭への思いがあるので、「特別講・家内安全」を申し込みました。1,800円です。家に帰って豆まきしようっと。
福引きと無料の甘酒をいただいて、おうちに帰りました。