嬬恋村ジオパーク ワークショップの巻・・・その1





嬬恋村ジオパーク第1回ワークショップが開催されました。各団体の代表者を1名ずつ招いたそうですが・・・





あらま、結構いらしゃいますね。



そして、ワークショップの席についたら、私のグループは、



げーっ、自称プロのガイドばっかり!



 ススス… (;-_-))) 失礼します…



と、帰りはしませんでした。ちょっと引きましたけどね。だってこういうワークショップは、別の分野の方と話させて欲しいじゃないですか。農家の方とか、小売業の方とか。なんかいつも通りの展開になりそうな気配…





まずは、CeMIの菱村さんから、これまでのジオパーク学習会のまとめとポイントの説明があって、その後ワークショップへ。まずは、嬬恋村ジオパークサイトを作るための素材を、皆で出し合い、その裏の深いところにある、嬬恋独特な理由や、見せるべき必要性などについて共有し合いましょう!ということでしたが…





出た!収拾がつかない状態! (。_。*)ヤッパリ…



私たちはガイドのプロです。プロはお客様の要望によってエリア内のどこにでもお連れできるはずですし、いかようにも演出できるはずです。なので、それぞれが好き勝手に素材を出しまくったもので地図は付箋で埋まってしまいました。それでも、本当に自分だけの○秘のところは出さないでいたようですが…法の上でアウトな場所や危険そうな場所もあまり出てはいませんでした。


しかし、そもそも、嬬恋でプロのガイド組織の長として名乗っている人達なんてのは、自分なりの、相当に強い思いがあってやっているのですから、お客様への見せ方やアプローチ、必要だと思う背景など、それぞれに絶対に譲れないこだわりを持っている訳です。一緒にできない理由があって、その特異性を自分たちのカラーにして他との差別化を図ってやってきました。それを主張しすぎないようにしながら材料としてだけここに提示し、それにまつわる詳細情報を説明する…うーん、そういう、大切なものを放出してしまうと、踏み荒らされてしまったり、大したことがないものにされてしまう可能性だってあります。価値が落ちてしまうリスクを、誰かが保証してくれる訳もありません…


また、プロとはいっても、その形態にかなりの違いがありました。広告費や事務所や団体運営の経費など、完全に自分の懐銭だけで運営している私のような人と、そういうのは会社や行政が全部払ってくれている中で実施している人と。そういう人に手法を合わせ全面的にトップに立ってもらったら、行政からバンバン運営経費が助成されるようになるんだったら良いのですが? また、生活にゆとりのある年金組と現役組では報酬への固執に対して温度差がありすぎます。んーなんだか、ここにいる人たち全員が本当にジオパークをやりたがっているのかどうかも解らなくなってきました。自分達のやり方でできないんだったら、この話、ぶっ潰してしまった方がいい人もいるんじゃないのかな?


以前、ジオパーク学習会の中で「お金を稼いで自立しつつある。ボランティアガイドからの脱却。」という説明がありましたが、その裏には「自立できていたガイド団体が特異性を失い食べて行けなくなった。」という実態は無かったのでしょうか。全く無かったとは考えられませんが…


最も良くなかったのは、10人+ファシリテーター2人という、12人がひと組となるグループ構成。これは二つに分けるべきでしたね。泊まりがけでみっちりワークショップするなら答えが出てくるかもしれませんが、わずか1時間足らずでは方向性も見えてきません。うちの協会でも短時間のワークショップをさせることがありますが、それは初心者を鍛えるために行うもので、それで作られた企画がそのまま現場で使えたことなど100回中一度もありません。それだけ、地域体験というものはお客様に提供できるようになるまで、何日も、いや何ヶ月も何年もかけて手をかけ温めて醸成させて形にしていくものなのです。だからこそお客様に情熱が伝わり、感動するんです。


そういえば、各団体1人参加と決まっているはずなのに、3人で参加するのを容認するのは良くありません。自団体の考えを多勢で主張し、そのペースで進行されてしまいました。あのー六里ヶ原と舞台溶岩をひとくくりにするというのは、六里ヶ原と鬼押出し溶岩流をひとくくりにするのと同じだと思うんですけど? 自分たちの解説に入っていないからってちょっと!


あ、そうか、舞台溶岩の上に立ったことが無いんですね。なるほど…


また、「嬬恋村ジオパーク素材」として、“万座温泉”“野地平”“小串鉱山”など、いろいろなものが出ていましたが、最終的には目指すところは浅間山ジオパークな訳ですから、これらは浅間山との関連性を示すことができないと今回のサイトにはなりません。つまり、“万座温泉”を素材にして「浅間山」のことを語れなくてはならない訳です。そこを、初めからきちんと定義してワークショップに入らせるべきだったですね。ハイ。


というか、そもそも、きちんとルールや枠組みを定義させたり、助成金の消化の段取りに合わせさせようというのは、嬬恋村では難しいのではないでしょうか。大体、ルールなんて誰も守らないじゃないですか。本当は、そういう締め切りだとかルールなんかを抜きにして、とてつもなく大雑把に進めたほうが嬬恋村には合っています。みんな知っています。


そう、もう一つ重要なことを思い出しました。以前の学習会で「嬬恋村では、キャベツがこんなにも大々的な特産品になったのは何故でしょうか?どなたか解説できる人、いらっしゃいますか?」という菱村さんの問いに、通さんが答えていましたが、その通り。「嬬恋村は貧しかった」んです。そこを把握しないと嬬恋村の歩みは理解できないと思う。「日本のチベット」と言われていたのはどうやら本当で、江戸時代には街道があったにしても所詮裏街道。冬は雪で地元の人しか通りませんでした。貧しかったから金儲けのブームが来たら全員が乗っかったんです。養蚕に硫黄鉱山にキャベツ畑にスキー場に。その背景では、伝統が守られていかないのは当たり前。守っている場合ではなかったんでしょう。だから古い伝統的なものは残っておらず歴史文化的なものは乏しい…が、生活力は人一倍ある。それが嬬恋だと思う。深いところから嬬恋村を伝えるインタープリテーションをしようというのなら、そういう現実を理解しておく必要も出てきます。


が、そういう過去、曙以前の嬬恋村を知るような詳しいガイドさんじゃないとお客様に満足を与えられないのか?というと、全くそんなことはありません。脳みそが筋肉でできているような元気なだけの人の方が、お客様にとっては癒しになったり救いになったりすることも多いのであります。


あと、今日ぐるっと見渡して、ガイドさんグループの中では私は最年少のようです。うちの協会は、働き盛りの現役世代が「エコツーリズム」を地域の産業にするために考え実践していく団体ですから、42歳の私はちょうど真ん中くらいなのですが…こういう状況だと、旗色は良くないですね。この強烈な個性の方々に対しては、意見を述べることすらリスク高いです。できればこのまま静かにさせていただいて、当協会は一ガイドグループとして参列させていただきたいですね。研修会の講師は先輩方や今日元気だった大勢のところにお任せしましょう。講師料は恐らく補助金で賄えるはずです。私、勉強させていただきます、ハイ。


大丈夫です。実際のガイドの方は、お任せください。
お客様へは、最高のおもてなしとホスピタリティを持ってご案内させていただきます。





人気ブログランキングへ にほんブログ村 環境ブログ エコツーリズムへ にほんブログ村 アウトドアブログ 野遊び・森遊びへ にほんブログ村 アウトドアブログ 自然体験へ