『ねどふみ』からやるこんこん草履づくり 第一回(全三回) 【2013年度 ものづくり伝道師 浅間・吾妻塾】



今年度のものづくり伝道師浅間・吾妻塾は、スポンサーが「中央ろうきん助成プログラム」から「『群馬の文化』支援事業」に変わりました。急速に消失していく地域の伝統文化を継承するために、それらを体験プログラム化し外に発信し収入を得られるシステムを作ろうとする、正に持続可能な社会を作り出そうとする本事業が、中央ろうきん助成プログラムで落選したのはとても残念なことでしたが、群馬県が拾ってくれたのはありがたいことです。心より感謝申し上げます。


さて、今年は中之条町と合併した旧六合村、入山引沼の山本茂先生に、当協会の副理事長に就任していただき親交を新たにしたことから、さらに旧六合村の「ものづくり」の世界に触れることとなりました。吾妻郡の中でもスバ抜けて多い六合村の伝統工芸品…とはいえ、それらはすでに後継者がいなく、10年先に継続できているとは思えないものばかりです。そのような経過から、当協会としてはしばらくの間、旧六合村のものづくりににこだわる事に致しました。


第一回から三回までは『ねどふみ』からやるこんこん草履づくり です。
http://ecotourism.or.jp/monodukuridendoushi/nedohumi.html



  


入山根広の「ねどふみの里」に集合し、ねどふみの里保存会の方々の案内で山にスゲを刈りに行きます。黒岩みつさんが鎌に縄を巻いて刃を防御しています。おお、そこにもスゲ縄が。



  


車で約5分。秘密の入会地へ到着。かつては野反池に採りに行っていたらしいですが、今は国立公園の規制が厳しく採取が禁止になったので、根広の近くで採取します。しかし、他の集落が『ねどふみ』をやめてしまったので、材料に困ることはなさそうです。

まずは自分達が通るための道を作って、進んだ先はススキ野原。おやススキでは縄はなえないですが…



  


と思ったら、丘の上はススキでしたが、その下部の湿地の所には別の植物が群生していました。これが、いわゆる「スゲ」です。この、株立ちになっているスゲを根元から数株刈り取って、



  


先端の方を持ち、根元の方に向かって手指で払うようにして枯れているものを取り除きます。だいたい枯れたものを取り除いたら、



  


今度は根元の方を持って、先端の方の枯れ具合を見ます。枯れが大きいものは省いて、残ったもの(選別し終わったもの)を束にしてお腹に押しあて、根元を揃えます。



  


これを仮置きし積み重ねて行きます。仮置きした束が直径10cm程度になったところで、まとめます。先ほど選りすぐって捨てたスゲを三本位拾って括ります。



  


括り方は、紐にするスゲを束の真ん中に合わせて両端を一回しし、表で出会った両端をねじって挟めて止めます。わかるかな?






こういう風になります。うーん美しい。




  


さーて、一斉にスゲ刈り開始。かつて野反池に村中総出でスゲ刈りに行ったらしいですが、こんな風景だったのでしょうか…?



  


面倒なのはやはり枯れ草の選別。これに時間が取られます。



  


黒岩富士子さんに、括り方を教わります。ふむふむ、なるほど。



  


さて、自分でもやってみましょう。こうやってこうやって…




ハイ、できあがり!
(ブブー、間違っています。 ヾ(@^(∞)^@)ノ)



  


さて、今日のノルマはおおよそ刈れましたね。それにしても、おばあちゃんが「作業用のエプロンを持って来ておくれ」と仰っていた理由が解りました。スゲの束をお腹に押し当てて揃えたり選別したりするので、そりゃあ汚れる訳です。



  


そして湿地の上での作業ですから、長靴が最適です。



  


束にしてまとめてあるものをいくつか合わせて、さらに大きな束にします。これをトラックに積んで持って帰る訳です。



  


ノブドウブドウ科ノブドウ属)は子供の頃、美味しそうで口の中に何度か入れたことがあり、その都度、後悔した思い出があります。ノブドウの実が青色や紫色になるのは、ブドウタマバエなどの虫が入ることで色が変わるそうです。色のついたものはみんな虫こぶなのだそうです。

こちらのおっかさんは、腕のリューマチ痛(神経痛だったかな?)に長い間、悩まされていたのですが、ノブドウの実を薬として摂取することでたちまち痛みが取れたそうです。いや〜もっとその話聞きたかったなあ。



  


群生している中で、当然ながら素姓の良いスゲを刈り取り、残ったものは刈り払ってしまいます。そのままにしておくと来年、枯れたものが立っていて邪魔なのだそうです。
もう、充分な量が取れたはずですが、この場所はスゲの育成状況が良いので、富士子さんのスゲ刈り魂に火が付いてしまいました。この場所を刈りつくすまで止めてくれそうにありません。



  


仕方が無い、付き合いますか!予定よりも30分オーバーで刈りつくします。それにしても、このスゲは何という種類のスゲなのでしょう?断面がM字になります。



  


はーようやく富士子さんの気がすんだようです。スゲ刈りを終わらせてくれました。スゲはムシロ用では無くて縄用なので、先の方を少し切ります。長すぎると帰ってなうのが大変なのだそうです。軽トラに積むと、1台と1/3台ありました。ねどふみの里へ、さあ出発!







刈ったスゲは、中村義司さんの家の前で干させていただくことになりました。広げると足の踏み場も無いほどです。




  


あのままだと、括っている根元の方が乾きませんので、晴れた日に一日干して乾いたら、ぐっと握って内側をめくり出して、



  


束をひっくり返して、括った紐を真ん中に上げ締め直し、さらに上にもうひと括りして今度は根元の方を乾かします。



  


スゲ刈り―スゲ干し作業が一通り終わったところで、おばあちゃん達と義司さんに聞き取りインタビューです。

  • 昔は野反池が広大な湿地で、そこに刈りにいっていたが、野反池にあるのはみんな高山性のイワスゲで、今日刈ったスゲとは違う。
  • イワスゲはそのままでも縄なうことができるが、ねどふみした方が軟らかくなりよい縄ができる。イワスゲを使うにあたって、ねどふみする人としない人がいた。
  • イワスゲは、旧六合村根広でそう呼ばれていたが、本当の標準和名は、違うかもしれない。たまに穂が出ている。
  • 野反湖となり国立公園で規制が厳しくなり、刈れなくなったが、それでも昭和50年位までは刈りに行っていた。
  • 本来ならば、スゲは9月末には刈るべきだった。今日は2週間位遅かった。
  • 今日刈った分の量は、年間で2人分が使う位の量。
  • スゲの他にみょうがの葉もねどふみしている。こちらの方も肌触りが良く、人気。


Q(才木さんより)水池にオオカサスゲがあり、それもねどふみしたと聞きますが事実ですか?また、その野反湖に生えているイワスゲはそのスゲと同じですか?
→A水池のスゲをねどふみしたとは聞かない。なので、スゲも同じかどうか解らない。


Q(赤木より)他の地区がねどふみをやめてしまったのに、根広がずっと続けてこられたのは、どうしてですか?
→A尻焼温泉の権利を根広が一部持っているから。医療センターは、根広の温泉権利を貸している。貸す代わりに、根広は全ての家に温泉が入っている。
また、長笹沢川(尻焼温泉の川床)に漬けなくても、ねどふみの里に引いてある温泉で漬けられるようになったから。
他に、私たちはスゲむしろの有用性を知っているから。例えば農作物を干して乾かしたい時、下がビニール(ブルーシート等)だと乾きが遅く偏るが、スゲむしろだと速く均等に乾く。


なーるほど。ありがとうございました。さて、今日はもう一つ、ねどふみの里では蓑(みの)でも使っている、「イワシバ」という植物を教えていただきます。おばあちゃん達とはお別れし、義司さんにイワシバが自生しているところに連れて行ってもらいました。



  


岩しばは、尻焼温泉付近の道路が岸壁に接しているようなところに生えていました。ここはたまたま登らずに採れますが、本来は崖の所に生えているので、採るのは大変だそうです。採取の方法を教えていただきました。



  


岩しばは、新しい葉を、根から丸ごと引き抜きます。新葉の生え際の地面に指を突っ込んで、根を掘り出すようにして抜き取ります。



  


いくつか採ってまとめて、束めて持って帰るのはスゲと同じです。



  


しかし、この植物、「イワシバ」という名前では植物図鑑に載っていません。標準和名はいったい何なのでしょうか。先日のスタンさんのネイチャークラフトで、紐代わりとして使われた単子葉植物はこれだったのかもしれません。



  


岩しばの学習も終わって、一行はもう一度ねどふみの里へ。根広の栗やいもをごちそうになりました。その際に聞くと、中村義司さんは秋山郷木地師の人と親戚だそうです。そういえば、野反湖の裏は秋山郷。山は繋がっています。秋山郷の木工品・伝統工芸品は全国に名が轟き、地場産業として成り立っているような気がしますが、六合の木工であるメンパやこね鉢、しゃくしは風前のともしびです。こんこん草履だけは、当地がメッカとして生き残りそうですが…


【六合地区観光情報(http://www.kunimura-kankou.com/0400/0410/)より】

ふるさとを囲む豊かな森は、多くの木工品を生み出しました。

橡の木や栗の木、桂を材料に作られるこね鉢は、うどんやそばの粉をこねるのになくてはならないもので、大きいものは直径80cmになるものもあります。

赤松を材料に作られるめんぱは、素朴な木の暖かさと香りが独特の味わいを醸しだし、通気性、耐久性に優れた弁当箱です。

しゃくしは、最も古くから作られていた木工品で、汁用、御飯用などさまざまな種類があります。いずれも木地師たちの技が光り、使えば使うほどに味わいの出る工芸品として注目を集めています。

  


学習会が終わって帰ろうとした時、中村義司さんの家の倉庫に黍(きび)が干してありました。作家の武内涼さんは今年、中村さんの作る黍と粟(あわ)を一年間取材したそうです。ぜひ、協会で取り組んでみてはと言われました。うーん、当地で失われつつあるかけがえのないものを復活保存するためであれば、当然、大義名分が成り立ちます。さて、粟と黍はどうかけがえのないものなのか…?私には、今のところ解りません。どなたかコンセプターになって私にプレゼンテーションしてください。そうすれば、考えます。






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