「尾瀬の自然と保護について」講義を聞いてみました。



夏がくれば 思い出す
はるかな尾瀬(おぜ) 遠い空
霧のなかに うかびくる
やさしい影 野の小径(こみち)
水芭蕉(みずばしょう)の花が 咲いている
夢見て咲いている水のほとり
石楠花(しゃくなげ)色に たそがれる
はるかな尾瀬 遠い空





いいですよね〜尾瀬。夏が来るたびに、思い出してしまうんでよね〜あの風景、遥かな尾瀬



なんつって、嘘です ヽ(・ε・`。)三



だって私、尾瀬に行ったことありませんもの!



いや〜別に、嫌で行かないわけじゃないんですけど、私は浅間・吾妻地域の地域案内人でありますし、尾瀬に行っている暇があるくらいなら地域のことでやらなきゃならないことが山ほどあるわけで…


しかし、グリーンネットやFacebookなどで知っている、安類智仁さんが東吾妻町中央公民館で講座をするというので、近所だし見に行くことにしました。



  


タイトルは尾瀬の自然と保護について」 うーん堅い。この辺は行政と丁寧に付き合ってきた経歴の安類さんらしいかな。



  


そうか、尾瀬ヶ原湿原の木道の幅は50cmなのね。環境省が全国共通で決めているんだろうか?そういえば、学校教育では道路は左側を歩きなさいと言われているのに、湿原などの木道では右側通行になっているのはどうしてだろう。以前、突っ込まれて答えられなかったことを思い出しました。


なぜ湿原は必要か〜グローバルな視点の一つとして〜 に、「地球上におけるカーボン・シンクの一つ」と挙げていた。なるほど、そういう考えもあったかー。石炭は水辺でできた。つまり、水の中なら炭素は分解されないでそのまま残りますものね。


  


湿原は湿性遷移の途中でできる、自然相の一つであり、どんな場所でもできるとも思っていたがそうでもなかったみたい。寒冷な場所でないとできにくく、さらに日本では雪が関係しているみたいです。確かに、湿原とは水はけが悪いだけの湿地と違い、泥炭地=泥炭が堆積した上に形成される草原なので、枯死した植物の腐敗・分解が進まずに、植物遺体が泥炭となって堆積する必要があるわけです。なるほど。


泥炭層の断面資料を見せてくれました。地表から4m地点で6230年前。年間で0.7-0.8mm堆積するという考え方のようです。





そして、私にとって一番ありがたかった資料はこれです。なんと、尾瀬湿原に浅間山噴火の際の降下軽石層があるんです。地下60cm位のところに1108年噴火のものが、そして地下1m位のところに3〜4世紀の噴火のものが!これは尾瀬に行ってみたくなりました!





安類さん、とても勉強になりました。そして、私も尾瀬に行ってみたくなりました。
ありがとうございました!






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