太融寺の巳さん







20年前、夜の街で一人の若者が行き詰っていた。

ある日若者は「もし私が死んでも、誰も悲しまないんじゃないか、誰も気づかないんじゃないか」と嘆き、その地を護っているイチョウの樹の枝を折った。


それからというもの、若者にはろくな事が起こらなかった。いつしかその地を追われ、逃げ出すように山奥に篭ってしまった。

長い年月が流れ、若者は中年男となり、どういうわけか樹を護ることを始めていた。そして因縁のイチョウの樹と再会を果たした。

イチョウの樹をぐるっとまわった男は、見つけた古傷にそっと手をやり、早く良くなる様に祈った。


伐ろうとした者全てを変死させたという大阪市太融寺の御神木、龍王大神。


でもあの時、世界で一番ちっぽけな存在だった私にチャンスをくれた。再会した日、お参りしていた他の人に尋ねてみた。すると、その人もこの樹への態度を改めた人だった。

変わることを知っていたのか、それとも変わらせてくれたのか。


古い地元の人が「巳さん」と呼ぶこの御神木には、蛇が巻き付き、樹を守っているそうだ。まわった時に裏側で見つけたあのアロエは、きっと町内会の方が植えているのだろう。御神木の脇に生えたアロエはさぞかし薬効高いことだろう。


アロエの薬効で病気が治った子供たちが、やがて大人になり、そうしてこのイチョウの樹はいつまでも護られていくんだろう。巳さんもたいそう喜んで、この町に災いが起こらないようにいつも見守っているのだろう。


そうやって、私のことも救ってくれた。夜の闇にのまれそうになっていた私のことも。