『手子丸城址』探検と真田信之陣城『仙人窟』訪問エコツアー 〜 大戸の桜咲く頃に 〜 を実施しました。



【シリーズ】戦国真田の吾妻侵攻と、あがつまの山・里・花を訪ねるエコツアーhttp://ecotourism.or.jp/sengokusanada.htmlを実施中です。


『手子丸城址』探検と真田信之陣城『仙人窟』訪問エコツアー 〜 大戸の桜咲く頃に 〜
http://ecotourism.or.jp/sengokusanada/tegomaru-sennin01.html


の実施状況を当日のスナップ写真を若干の解説と共にお届けいたします。案内人は「東吾妻城壘史研究会」主宰の冨澤朗さんです。



   


通常は東京電力の「榛名線34号」という送電鉄塔の工事用階段を登って行きますが、その道はとても急なので、もっと平坦に移動できる手子丸集落の方から城址を目指しました。ただし結構遠いです。



  


手子丸城址東側に到着。ここで最初に見られるのは大きな二重堀切。



  


物見櫓でもありそうな一段高い平場。



  


ここから西にかけて、たくさんの曲輪群が見られます。



  


東側遺構の曲輪群を見下ろすような位置の火点。



  


中央部、鉄塔があるエリアに移動します。土塁の上を進んで行くと、





大きな横堀が現れます。



  


鉄塔のある高台からは、岩櫃城址の上部なら見えそうです。





鉄砲用の火点。まるで近代戦の土豪のようです。



  


この辺りは非常に手の込んだ造りだったことを思わせるような複雑な地形になっています。


  


本城域とされる「城山」へ。大きな横堀を渡り、



  


尾根づたいに歩きます。



  


虎口と考えられている場所に来ました。城内へは大きく回り込まないと侵入できない造りになっており、城兵は攻撃時間を長く取ることがd系ます。



  


武者だまりと考えられる場所。ここから沢に上に行くと、





最上部、本丸跡に到着です。



  


大戸の集落がよく見えます。大戸氏は東吾妻町坂上地区との支城は坂上地区、萩生、そして旧倉渕村権田、三ノ倉あたりです。旧倉渕村あたりを昔は坂下といったそうです。



  


北側の曲輪群を見に行きます。



  


手子丸城址の虎口は、この北側に続く曲輪群と並行してあったと考えられています。途中にはいくつも横堀があります。



  


手子丸城址、たっぷりと探検させていただきました。



  


その後は、桜鑑賞です。まずは大運寺。山門が修復され、とても華やかになっていました。



  


本堂の彫物、龍は生き生きとしています。





旧大戸小学校のエドヒガンザクラも満開でした。



  


その後、真田信之の軍が陣を張ったと伝説が残る仙人窟を訪問しました、が…



  


前が川で後ろが絶壁のこの場所に陣取るのは、現実的には自殺行為とのこと。確かにその通りです。信之軍は仙人窟の中に陣取ったのではなく、仙人窟付近に陣取った、ということなのでありましょう。詳しい人と山城を回るといろんなお話が聞けてためになりますね。





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