1級樹医養成セミナー二日目

今日は、樹木の診断実習。しかし実習とはいえ、診断の仕方は机上で教わっただけ。えーいきなりやるんスか!?しかも万座にはありえないクスノキだし…どういう木なのかさえ、よく知らない。「心から向かい合って本気になってその木の事をわかろうと思えば、わかるようになってくる。物言わん木の心が見えてくる。」と山本先生は仰っていたが、これまでの私の生活環にないものをいきなり理解しようとしても駄目だ。木だってよそ者には語ってくれないんじゃないかな。

自分の木を見る時間は、約1時間。その後、ほかの班が担当した木も見て回る。あとで各班が発表する際にツッコミを入れるためなのだが、そういうために見るのは苦手だなあ。困った。

その後、会場に戻るまでに、次回の治療実習を紹介。これまでの卒業生の治療木を拝見した。樹種はソメイヨシノ。こういう風に上手にできるといいなあ。右の写真は購入した日本樹木保護協会の樹木診断器具、木の葉型診断具の使い方を山本先生が見せてくださったところ。


  


学校の周辺のサクラの木をこれまでやってきたようだが、この桜並木が回復もしくはいつまでも見事に花を咲かせ続けることができたら、それはとても良いアピールになる。いいやり方だと思う。そして実践経験も積めるしね。

真ん中の写真は、上部を平らに切り出ししすぎてしまい、導管師管の流れるラインからずいぶん離れてしまっている。これなら、いっそもっと縦長に大きく切り出したほうが治癒が早いそうだ。なるほどなあ。

そして、恐怖の発表タイム。私たちの班はズタボロになってしまった。超絶に短い時間内に、定められたいくつかの書類を作成提出発表しなきゃならないのに、診断に関する見識を皆で共通認識にしてから作業に取り掛かるという段取りを選択してしまったからだ。作業を分担して進めないと間に合わないと主張したが、クスノキを見たこともない、造園の経験もほとんどない私では太刀打ちできなかった。これでは提出物など絶対に間に合わない。実際、中途半端なやっつけ資料でのプレゼンとなった。私としてはこうなってしまったらいっそ朝まで議論し完璧なプレゼンにしないと気がすまない。不完全燃焼もはなはだしい。

そして、合意形成した妥協案で班として発表まで行うのだから、この妥協案こそが正当な案であると心を準備して臨まなくてはならない。本来の自分とは違ったタイプの人間に感覚を置き換えて発表することになる。これは、ワークショップ形式、班で発表する際のネックだな〜。

自分の採用されなかった考え方や案を、「こうすべきだ」と指摘注意されたものもあって、全く調子が狂ってしまった。今回のプレゼンの内容如何によって卒業できなくなるセミナーではないのでもう良いのだが、ワークショップ形式のセミナーについて考えさせられてしまった。特に私のようなタイプはマイペースで、独創的に取り組んだほうが良いと思う。その中で専門家を招いて見識を求め指導を受け、事業をデザイン・コーディネートしていくようにしよう。…また、実際には自分の勉強不足も問題だった。照葉樹を診断治療する心構えができていない。よく知っている身近な樹木だってまだ無理だ。しかし、このセミナーはその心構えができている人のためのものなのだ。

失礼を承知で言わせてもらうと、人間に限らず生命ある者には合う・合わないがあり、無理にその二者に共同作業させることはない。パンジーチンパンジーにシンクロナイズドスイミングをやらせることはない…とまでの乱暴なことは言わないが、やはり合わないものは合わない。多様であるべき個性を潰して無理に妥協してつじつま合わせて創り上げてきた社会こそが、現在の持続不可能な、心地の良くない社会であると考える。そして、適度な木陰がある見晴らしの良い場所で、爽やかな風が頬に当たっているような心地の良い社会は、それぞれに役割がありそれを担っていて、互いに個性を認め尊敬し合ってこそ獲得できると考える。