大阪の夜

今日、山本先生は確かに仰った。治療した樹の中に、大阪梅田・読売新聞発祥の地に、道路の中にイチョウがあると。たいそうなご神木で、絶対に伐ることのできなかった樹なのだと。そして、伐ろうとした二人の作業員に、確かに災いが起こったのだと。そして、その話をする山本先生の眼は、確かに私を見つめていた。この時「間違いない、あの樹だ。」と確信した。今夜、どうしても行かなくてはならない。あの時のお詫びをするために。講座が終わったその足で、その樹へと向かった。

北海道を飛び出した私が、大阪に逃げ込んだのはもう20年位前になる。この梅田あたりで、確かに私は潜んでいた。しょっぱいボロ雑巾のような毎日、消滅しても誰にも気づかれないような存在だった自分。現実社会から完全に逸脱していた自分。

阪急東通り商店街。そう、このアーケードの向うに、どうしても会わなくてはならない樹がある。


  


そして、竜王大神様の宿るイチョウにたどりついた。なんと、あの頃よりも樹勢が増しているように見える。この樹に、やけくそになっていた頃、私は何度かやんちゃをしたことがあるのだ。

私が苦労をかけたために早死にした白坂充子ママの好きだった白鶴を、今夜はお神酒として捧げた。…というか、やり方がわからなかったので、飲み交わせていただく形式を取った。日本酒もたまには樹にも良いみたいな事、山本先生仰っていたし…。

眼を瞑ってお詫びをしていると、なんだか竜王大神様の下のほうから、緑のエネルギーがブワーっと上がってきて、それが樹冠から世界中に広がり、地球が緑いっぱいの星になったような気がした。それで「ああ、許してくださったんだ」と思った。

山本先生が仰っていた樹が、この樹なのかどうか、定かではない。よくよく記憶をたどるともう一つ、近所にご神木があったような気がするからだ。しかし、この樹にはきちんとお詫びすることができた。心の仕えが取れたような気がした。


  


そして、かつて私が潜んでいた本拠地を巡ってみた。これらのビルのとある階で、脆弱だったあの頃、私はどうしようもなくのた打ち回っていた。この世に最も不必要で不恰好な存在だった。

ビルの周りはあの頃と同じ店など一軒もない。ここは、もう、私の知らない街だ。

少しの間眺めて、力強く、帰路に発った。もう大阪に一点の禍根もない。前を向いて歩んでいくのみ。