妙義山エコツアーコース設定検討会
小池さんの提案で、今後、妙義山でのエコツアーを設定することになりました。今日は素材写真撮影を兼ねての下見会です。
妙義神社の創建は、宣化天皇2年(537年)と伝わっているそうです。江戸時代、関東平野の北西=乾(戌亥)天門の鎮めとして、歴代の徳川将軍家が家運永久子孫繁昌を願って深く信仰したそうです。
石段の石は妙義山の凝灰角礫岩を使っているのでしょう、石の弱い部分が浸食されていて凸凹していて歩きにくいですが、江戸時代からの参道を当時のままに残すように努められているようです。
豪華な装飾が施された御本社(拝殿、幣殿、本殿)からなる御本社は宝暦六年(1756)に改修したそうで、国の重要文化財になっています。
さて、今日は参加者も少なく、また、歩けるメンバーなので2日間に予定していたコースを1日でやってしまうことになりました。まずは「裏妙義 丁須の頭コース」です。国民宿舎裏妙義(http://park6.wakwak.com/~uramyougi/)から登山開始。駐車場台数は10台も難しいかな?公衆トイレは綺麗でした。
アスファルトの道を少し歩いて、すぐに登山道へ。最初は杉の植林地で、川を横断すると程なくして天然林となります。
ケヤキの大木が出てきました。このあたりは妙義荒船佐久高原国定公園の特別地域内なので、恐らくは禁伐林のはずです。右側に巨大な岸壁が出現し、しばらくはこの岩壁沿いに上がっていきます。
このところは日照りが続いているために、沢には水がほとんどありませんので、岩場も割とスムーズに登れますが、雨の日は初級者では難しいですね。この河原沿いの巨石の渡りでも、滑落死亡事故が過去に起こっているそうです。あと、鎖場が多いので手袋は必需品です。そしてもう少し暖かくなってくると、妙義山エリアではヒルが結構出てくるのだそうです。
この鎖場の手前が「木戸」といわれているところです。巨大な岩壁の間を通ってくるので、それが扉の様に見えるからでしょうね。
妙義山は約700〜550万年前にかけての古い時代の火山活動と地殻変動によってつくられたそうです(群馬県立自然史博物館http://www.gmnh.pref.gunma.jp/publishing/demeter/past/4_07.html)。凝灰角礫岩の岩壁はもろく、独特な浸食ぶりを見せています。
おお、こんなに山奥に立派な炭窯が!これは新しいし、しっかりしていますね。大学生くらいのグループとすれ違いました。
徐々に斜度がきつくなってきます。長い鎖場を登ったところが「籠沢のコル」といいます。
「籠沢のコル」の左上に「丁須の頭」はあるのですが、まっすぐには登れないので左巻きに回り込みつつ登ります。途中、丁寧に足を運ばないといけないところはざらにあります。
丁須の頭に到着。驚きの絶景が広がります。
表妙義の山塊、私たちが登ってきた籠沢方面、浅間山の眺望。
丁須の頭は、鎖がありますが危険度は妙義山中で最高。あの上に登るために滑落死亡した人は何人もいるとのことです。
しかも首のような形状の部分は劣化のためにコンクリートで補強している状態です。いや〜これはお客様には登らせられないでしょ!いったん下って、隣の無名岩峰に登ります。
ここからは「丁須の頭」の形がよく見えます。本当に首と頭のようですね。
ここからの眺めも素晴らしいです。ただし、狭いので何人も一緒に登ることはできません。
右手にある赤岩の絶壁下をトラバースする登山者が見えます。あの登山道の整備、本当に大変でしょうね。
「籠沢のコル」に戻って、同じコースで戻りました。落石を発生させないように注意して歩きましょう!
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次に、「表妙義 中間道コース」を下見しました。
このコースは周回コースで考えています。金鶏山を迂回する妙義紅葉ラインをショートカットする登山道の出入り口を確認。
妙義山の上の駐車場、中之岳駐車場に到着。ここから下見登山パート2開始です。ここには、妙義山の説明看板もあります。赤城山・榛名山と並んで上毛三山に数えられている妙義山は、耶馬渓 (大分県中津市)、寒霞渓 (小豆島、香川県小豆郡小豆島町)と共に日本三大奇勝にも選ばれています。
近くにある中之嶽神社は、大和時代の第二十九代欽明天皇(在位539-571年)の御代に妙形氏が社殿を建立…とありますから、非常に古い由緒ある神社なのですが、境内に大国神社もあって日本一の大黒様の像(高さ20m、重さ8.5トン)があり、どうもその表情が漫画チックで俗な感じがします。ただしその大黒様は剣を持っている姿で珍しく、不動明王と大黒様が合体したもの、といわれています。
轟岩を御神体とした中之嶽神社に参拝する場合は長い階段を上らなくてはなりません。拝殿・幣殿のみで本殿を持たない、珍しい様式だそうです。この石段参道に、非常に古い狛犬があって、それが軽井沢の熊野皇大神社の狛犬に何となく似ています。獅子ではなく、胴長のワンちゃんのような感じです。昔、この辺りではこういう狛犬が主流だったのかもしれません。
妙義紅葉ラインを少し下り、人気の「石門めぐり」を。観光客がいっぱいです。
とにかくでっかい第一石門。カメラに収まり切れません。
次に「かにの横ばい」を通って第二石門へ。ここは、車から降りてわずか10分でこんな秘境に来られるのですから、観光客は喜びますね〜、思わず、修学旅行生を連れてくることを考えてしまいましたが、やっぱり鎖場は危なすぎですし、教育旅行が集中する6−7月はヒルが出るのでアウトですね。
第二石門は、「通る」ではなく、本当に「くぐる」といった感じ。すれ違いができないので、先客がいた場合は待たなくてはなりません。
「たてばり」「つるべさがり」などの名前がついています。
んんー、面白いですね〜
しかしあっちこっちで「待ち」が発生します。そのために、混雑時は一方通行の慣わしとなっています。
第三石門は通り抜けできません。Uターンです。それにしても石垣が凄いですね。
これが、よく映像で使われる第四石門です。この形状、寺院の山門のようですね。妙義神社は元々は波己曽(はこそ)神社でしたが、やがて神仏習合時期に「妙義大権現」として奉られ賑わっていたそうなので、修験者・山伏がかなり来ていたのではないでしょうか。しかし現代のような登山の安全器具がない中で妙義は危なすぎる気がしますが…。つまり、この第四石門の形状はあまりにも整いすぎているので、修験の聖地であった妙義山の山門として板状の岩塊を加工した可能性があるのでは、と思う訳であります。
石門の下から覗いているのは大砲岩。あそこにも行ってみましょう。ここは100人位がいっぺんに休める休憩所になっています。石門群のある一帯32.1haは元々私有地で、柴垣はるさんというお方が群馬県に寄付したのだそうです。
では岩めぐりを。鎖を伝って岩の上に出ます。
おお、大砲岩の裏手に出ました。げ、岩がつるつるしていて嫌な感じです。下見なので仕方がなしに行ってみました。
なんと、この大砲岩もコンクリートで補強されています。上に乗る人とかいるんでしょうね。地下足袋なら行ってもいいですが自由の利かない登山靴だとちょっと…。岩めぐりの展望台、「天狗の評定」に上ると、
ワーオ、凄い絶景です。 これが鶏のトサカのように見える「金鶏山」ですね。
左にあるのが金鶏山、右にあるのが屏風岩。仙人になった気分です。
おお、第一石門を見下ろすのは爽快です。また、ここに「胎内くぐり」というものがあるのですが、くぐることは不可能なのでは?穴から覗くことはできそうです。でも、とても行く気にはなれませんでした。人様を連れて行きたいとは思いませんもの。
妙義神社に向かって4.1kmの中間道登山道を歩きます。ちらっと見えた稜線はバラ尾根。
岩質がもろいので、このように落石が登山道を直撃することもあるのですね。うーむ。
巨岩の下をくぐる抜ける登山道。
場所によっては、急すぎるので階段が鉄製になっているところもあります。
堀切(ほっきり)と呼ばれるところに上がられる場所。上級者コースの「表妙義縦走路」は、何回昇降したか解らなくなるくらい、ギザギザの岩塊を進むので、途中でやめることができるように中間道へのエスケープルートがいくつも設定されているのです。
大きな樹木、「本読みの僧」と名付けられた岩。
妙義神社に近づくにつれ、地面は石から土に、そして道も安易になってくるような気がします。
表妙義縦走路のエスケープルートです。「タルワキ沢」からは、表妙義最高峰の白雲山相馬岳(1,104)に行くことができます。
この先に、第二見晴、第一見晴とありますが、「天狗の評定」を見た後だと、ふーん、という感じになってしまいますね。あの、金鶏山の向こうから歩いてきたんですね、結構距離があります。
2日間分の行程を歩いたので、けっこう疲れてしまいました。表妙義のコースは、妙義神社から歩く登りコースか、石門めぐりからスタートする下りコースにするか、これまた微妙なところです。よく考えてコース設定しようと思います。