「大笹の湯」を訪ねて



嬬恋村ウオーキングマップの件で、かつての大笹の湯の位置をはっきりと知りたい。先日則行さんに教えてもらったことを確認もしたいし、今日も大笹へ行ってみる。


 


まずは沓掛街道沿いにある瀧之頭観音堂。これは馬頭観音である。かつて牛馬は農業経営や物資の輸送などに大変重要な存在だった。17世紀からあると言われるこの馬頭観音では、昔は出店が出るほど盛大なお祭りが催されていた。今でも毎年4月19日に地元の方々でお祝い事をするらしい。境内も大きいし、休憩場所にぴったりだ。


 


無量院は創建400年とも600年とも言われる名刹である。ここに、大笹の湯を開湯し、天明の噴火でボロボロに被災した村に雇用をつくるなどした名主、黒岩長左衛門の墓があるという。
和尚さんに聞くと本堂の向こう側らしい。本堂の向こう、結構奥の方に“属名黒岩長左…”と読めるお墓がある。ここかもしれない。


 


やはり、ここはこの界隈で最も詳しい人物・田村喜七郎さんに聞くしかない。早速お家にお伺いし、話を聞いてきた。
すると、これまでのさまざまな研究成果を見せてくださった。大笹関所の見取り図、大笹付近を取り巻く当時の街道図、住人の名前まで入った旧大笹宿の地図…


 


そしてさすがは田村さん。霊験あらたかな弁天様の場所もご存じだった。雪が解けたら早速行こう。
右の写真はかつての大笹の湯の引湯跡。今は別の川を引いている。


しかし、田村さんをはじめ、何人かに聞いてみたが、結局大笹の湯がどこにあったか、人によって答えはまちまちだった。

  • 玉崎屋食堂の向かい
  • 玉崎屋食堂のとなり
  • 永楽館
  • 永楽館の隣
  • 旧郵便局跡

と、結局答えは解らずじまい。こうなると、嬬恋村ウオーキングマップには落とすことはできない。昔のことを今はっきりさせるのって、本当に難しいよなあ。